「考える」と「悩む」



 





This error message is only visible to WordPress admins

Error: API requests are being delayed for this account. New posts will not be retrieved.

There may be an issue with the Instagram access token that you are using. Your server might also be unable to connect to Instagram at this time.



「考える」と「悩む」 | PHILOZOE 
 
 
 答えが用意されているものを除外するなら、「考える」という言葉を聞けば「答えが出るもの」について、「悩む」という言葉を聞けば「答えが出ないもの」について思いを巡らしているという印象を受ける。

 ただここでの「答えが出るもの」そして「答えが出ないもの」という時の「答え」とはどのようなものか。

 それはつまり「自分の心が決めるもの」だと思われる。

 だから「自分が決める」という意志を持てば、「悩む」というのは起こらぬことではないのだろうか。

 そうすれば全てのその過程が「考える」こととなるから。

 しかし「考える」ことに偏れば、人は他人に対する過ちを犯すこともあるかもしれない。

 感じず、考えただけの他人の気持ちとは結局、自分自身の考えに他ならないから。

 「答えが出ないものもある」と他人の心を感じながら、考えること。

 思考という言葉の一端はそこにあるのではないだろうか。


 




スポンサーリンク
スポンサーリンク